戸邉香奈実さん(競輪選手)
更新日 令和7年5月9日
探求心と挑戦心。
競輪選手として活躍する市内在住の戸邉さん。デビュー3年目、取手競輪場を主な活動拠点とし、全国の競輪場を巡ってレースに挑んでいます。
「自分でもまさか競輪選手になるとは思っていませんでした」と語る戸邉さん。父親も競輪選手としてご活躍していましたが、ご自身はスポーツとは全く縁がなく育ち、インドア派だったといいます。さらに驚くことに、数カ国語を話せるという稀有な能力の持ち主です。戸邉さんは、松ケ丘小学校、けやき台中学校を卒業。中学生時代は運動部に所属していませんでしたが、短距離走だけは得意で、学校の代表として記録会に出場していたそうです。
これまでに36カ国を訪れたという戸邉さん。中学生の時には守谷市の姉妹都市派遣事業に参加し、グリーリー(アメリカ)でのホームステイを経験しました。この経験を経て異文化への興味を深め、高校在学中に1年間アメリカへ留学。大学ではロシア語を専攻し、卒業後はロシアの大学院で言語学を修め、多言語を習得したそうです。 「…そして、なぜか競輪選手になりました(笑)」と、笑顔で話してくれた戸邉さん。帰国後、語学力を生かして日本語学校の講師をしている時に、コロナ禍で生徒が激減。 そんな時、「一度競輪選手の試験を受けてみようかな」と軽い気持ちで適性試験に挑戦したところ、見事合格。父親が病気で引退したこともあり、「自分も競輪に貢献したい」という思いが芽生えたそうです。その後、伊豆にある競輪選手養成所で1年間の厳しい訓練に耐え抜き、29歳で国家試験に合格、プロの競輪選手になりました。
体力自慢やスポーツ経験者が多い養成所でのトレーニングは、運動経験の少ない戸邉さんにとって非常に過酷なものでした。それまで競技用の自転車に乗ったことすらなかったため、まずは乗り方から教わったといいます。「ここで頑張れたから、ちょっとしたことでは苦しいと思わなくなりました」と話してくれました。
競輪の面白さは「自分の努力次第で結果がついてくるところ」。父親はあまり口出しせず、「がんばってこい」と静かに背中を押してくれるそうです。「今は、自分ができるだけの努力をして、競輪を盛り上げていきたいです」と、挑戦への意欲を見せます。そして、「まだまだ行っていない国、行ってみたい国もたくさんあるのでいつかは…」と、世界への探求心も忘れていないようでした。

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